東国の熱量を届ける

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インタビュー

笑顔なき目標達成で止まった日。
「知ってます」の一言が教えてくれた事

須田 健久さん

株式会社須田本店
代表取締役

串を刺す。鶏を捌く。丁寧に接客する。そのひとつひとつは、当たり前の作業に見えるかもしれない。けれど、その積み重ねが「水郷のとりやさん、知ってます」という誰かの一言を生んでいる。千葉県香取市で創業から続く「水郷のとりやさん須田本店」を率いる四代目、須田健久さんは、かつて数字だけを追いかけ、従業員を疲弊させてしまった過去を持つ。しかし今、彼が見つめているのは、目の前の一人ひとりの仕事が積み重なって生まれる会社の価値、そして地域とともに人が集まる場をつくることだ。旅行の仕事を志していた青年が、一皿の焼き鳥をきっかけに家業に戻り、任せる経営へとたどり着くまで。そこには、従業員への静かな感謝と、地域への率直な思いがあった。

厳しさより、楽しさしか見せなかった父の背中

── 須田社長、本日はよろしくお願いいたします。まずは須田さんの生い立ちや、この地域での幼少期の思い出からお聞かせいただけますか。

千葉県香取市小見川の生まれ育ちです。実家の周りには商店がたくさんあって、おもちゃ屋さんが2軒向かい合わせであったり、お魚屋さんがあったり、活気のある通りだったことを覚えています。子どもの頃はスポーツに夢中で、リトルリーグから始まり、中学からはサッカー一筋。仲間と河川敷を走り回ったり、お祭の時期になると、お祭りの準備から当日まで本当に楽しかった思い出です。学校では、学級委員を任されることも多く、頼まれると断れないタイプだったかもしれないな…と思います。

── ご実家が鶏肉屋さんということもあり、幼い頃から家業を継ぐことを意識されていたのでしょうか?

いえ、実はそうでもなかったんです。父からは「継いでほしい」と一度も言われたことがありませんでした。とは言うものの、高校生の頃はお店の手伝いで焼き鳥を焼くこともあったり、元日、1日の深夜から2日の早朝にかけて仕込みをしたり、そこに友達が泊まり込みで手伝いをしに来てくれたり、と本当に楽しかったです。今思い出しても温かい光景だなと感じます。従業員の方たちとスキー旅行に連れて行ってもらったこともありました。両親が仕事のつらさを一切見せなかったからこそ、楽しい記憶が積み重なっていて、自然と「継いでもいいかな」と思えるようになっていたのかもしれません。

── 大学進学を機に、一人暮らしを始められたのですね。

はい。中央大学に進学し、初めて親元を離れました。大学ではサッカーサークルに所属しながら、居酒屋のアルバイトや簿記の勉強にも取り組みました。学生寮の友人と牛乳の試供品配りのバイトから始めて、世の中で合わない仕事もあることを知ったり、少し価格帯の高い焼き鳥屋さんでアルバイトしたり、色々な経験をしてみていました。今でもこの大学時代の仲間とは定期的に会っています。学生時代にちょうど98年のフランスワールドカップがあって、現地まで観戦しに行ったのも本当に良い思い出です。

── 大学卒業後は、旅行関係のお仕事を志望されていたそうですね。

はい。先ほども言った通りですが、フランスワールドカップ現地観戦にいくほど海外旅行が好きで、旅行代理店への就職を考えていました。しかし就職活動をしていたある日、父に誘われて食べに行った東京の焼き鳥店「バードランド」で、人生が大きく動きました。それまで焼き鳥といえば赤提灯のイメージしかなかったのですが、その店ではワインに合う繊細な一皿として提供されていて、衝撃を受けたんです。食べた翌日には電話をして、働かせてくださいとお願いしていました。

新卒でバードランドに入り、つくね作りや鶏を捌くところから修行が始まりました。ある日、お客様への酒の勧め方について、自分が美味しいと思うものではなく、相手が何を求めているかを考えているか?と問われたことがあります。焼き鳥の塩の振り方ひとつにも、口に運ぶ順番まで考えた工夫があると教わりました。この「お客様を見る」という視点は、今でも私の仕事の土台になっています。

── バードランドでの修行時代、印象に残っている出来事はありますか。

入社した年に、お店が銀座に移転することになったんです。オープン直前にようやくもらえた休みで妻と海外旅行に出かけたのですが、そこで大きな出来事が重なり、帰国が遅れてオープンに間に合わないという事態になってしまいました。ほろ苦い思い出ですが、今でも思い出に残る出来事です。銀座では約2年半、カウンター越しにお客様と向き合う日々を過ごしました。

数字の先にあったのは、みんなの疲弊だった

── 修行を終えて家業に戻られてからは、どのような変化があったのでしょうか。

もともと数字を見るのが好きだったので、家業に戻ってからはインターネット通販の売上目標達成に向けて夢中になっていきました。アクセス数や転換率ばかりを追いかけ、目標を達成した年の暮れ、従業員のみんなに「達成したよ」と伝えたんです。でも、思ったような反応はありませんでした。みんな、ただ疲弊していたんです。

目標達成は仲間も一緒に喜んでくれるものと勘違いしていたことに気付き、しばらく仕事に身が入らない時期が続きました。そんな中、ある学びの機会を通じて、自分が何のために商売をしているのかを改めて問い直すことになりました。出てきた答えは「売上を上げたい」ではなく、「家族や仲間、お客様に喜んでほしい」という、ごくシンプルな思いでした。

── そこから、どのように従業員の皆さんと方向性を揃えていかれたのですか。

「作業」と「仕事」を分けて考えるようにしました。串を刺す、焼く、接客する。これらだけを単体で見てしまうと作業です。私たちの本当の「仕事」は、お客様の食卓に笑顔を届けることだと定義し直したんです。この考え方をきちんと伝えるために、会社の歩みを映像にまとめ、従業員はもちろん、今ではお客様にもご覧いただいています。

人の手でなければ生み出せない価値を大切にしたいという思いは今も変わりません。機械やAIでできることは活用しながらも、串の刺し方一つ、接客の一言に込められる温かさは、人にしかつくれないものだと考えています。ネットで注文をいただく場合も、お店で買っていただく場合も、やっていることは同じ。お客様との間に、顔の見える温かさをつくりたいと思っています。

香取という地域の、小さな入口でありたい

── 香取市において誇れる企業と認知されています。この地域だからこその地の利があったりするのでしょうか?

私たちの強みは、生産地に近く、新鮮な状態で鶏肉を扱えることです。この地の利を活かして、地元の生産者さんや飲食店さんとの協業を少しずつ広げています。鶏糞(けいふん)を使って育てていただいた野菜を仕入れたり、近隣の飲食店さんに商品を使っていただいたりと、小さな輪が広がってきています。
── 香取市含め広域地域全体に対して、どのような思いをお持ちですか。

地元に人が来てくれることが、何より嬉しいんです。通販を通じて情報発信を続けてきたことで、週末になると県外ナンバーの車を見かけるようになりました。お祭りや地域の情報を発信することも、うちに立ち寄っていただくきっかけになればという思いからです。

大きなことをしようというより、人が集まってくれるための一つの入口になれたら、というのが正直な気持ちです。地域が盛り上がらなければ、自分たちの商売も成り立ちません。だからこそ、地域と一緒に考えていくことは、特別なことではなく、ごく自然な感覚なんです。

積み重ねが生んだ、「知ってます」という一言

── 経営者として、組織づくりで意識されていることを教えてください。

以前は、父の代のように一人がすべてを見て回るスタイルが成立していました。従業員も15人~20人ほどの規模で、父が現場のすべてを把握できていたからできていた経営スタイルだと思っています。当時よりも仲間が増えてくれた今、自分が一人で回すことはできません。だからこそ、店舗と工場を分け、それぞれに責任者を置き、月に一度の会議や、年に2回の個人面談を通じて、困りごとや不安を共有する場をつくってきました。

責任だけを渡すのではなく、権限もあわせて渡す。それによって、従業員自身が「自分の仕事だ」と思える範囲が広がっていくのだと感じています。以前は私が担っていたメールマガジンの執筆なども、今は担当者に任せるようにしました。自分がやらないと決め、手が空くことによって、困っている現場に駆けつけり、新しいことを考える余裕が生まれています。

── 従業員の皆さんの仕事を、須田社長はどのように見ていらっしゃいますか。

串を刺す、鶏を捌く、丁寧に接客する。一つひとつは、日々のルーティンの作業に見えるかもしれません。ですが、色々な場で「水郷のとりやさん、知ってます」と声をかけていただくことが増えました。それは私が頑張っているからではなく、日々ここで働いてくれているみんなが、良いものをつくり、良い接客をしてくれているからだと思っています。

一つひとつの作業は地味に見えても、それが積み重なって一本の線として会社の価値になっている。会社としての価値を高めてくれているのは従業員一人一人の日々の積み重ねのおかげです。このようなお客様の声を、よりダイレクトに伝えていけると嬉しいと考えています。一緒に働いてくれている従業員だけでなく、地元で養鶏をしている方々にも、その価値がきちんと届くようになってほしいと願っています。そのために『鶏肉が好きだ』と言ってくれる人を、もっと増やしていきたいんです。

家族との時間、仲間とのゴルフ

── 休日はどのように過ごされていますか。

年に数回、家族で旅行に出かけます。この春は沖縄でウミガメに出会えました。子どもたちとの時間はリフレッシュにもなりますし、次への活力になっています。

普段は、時間に融通が利くゴルフを楽しんでいます。中学時代のサッカー仲間と数ヶ月に一度ラウンドをするのが、今のささやかな楽しみです。

── おすすめの一品を教えてください。
お店でしか味わえない親子丼や、水郷どりを一本まるごと使った焼き鳥がおすすめです。夏には鶏の蒲焼き、新メニューの油淋鶏も好評をいただいています。ぜひ一度、味わいに来ていただけたら嬉しいです。


編集後記

取材を通じて印象に残ったのは、須田さんが従業員一人ひとりの仕事について語るとき、決して自分の手柄として語らなかったことです。「知ってます」と声をかけていただく機会が増えたことも、まず真っ先に出てくるのは現場で働く人たちへの感謝の言葉でした。

数字を追いかけて従業員を疲弊させてしまった過去も、そこから権限を手放し、任せる経営にたどり着いた今も、根っこにあるのは同じ思いなのだと感じます。串を刺す、鶏を捌く、丁寧に接客する。その繰り返しの先に、誰かの記憶に残る一皿がある。須田さんが従業員に何かを直接語りかけるというより、こうした一つひとつの積み重ねが、いつか自然と本人たちに届いてほしい——取材を通じて、そんな願いが静かに伝わってきました。

「半径5mの幸せ」という言葉を聞いたことがあります。身近な人たちを大切にし続けるからこそ、見据える未来が開かれていくのだろう。須田社長の姿勢は日々の積み重ねへの感謝を思い出させてくれる、温かく大きなものだと確信しています。


水郷のとりやさん
■会社概要
社名:株式会社須田本店
店舗名:鶏肉専門店水郷のとりやさん
創業:1921年
代表者:須田 健久氏
公式HP:https://www.suigo.co.jp/c/guide/corp

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