40歳「農業1年生」の覚悟。地域を繋ぐバトンの物語
千葉県香取市の旧小見川町一ノ分目新田 。利根川の豊かな水に恵まれたこの地で、66ヘクタールもの広大な水田を管理する「農事組合法人 水神ライスセンター」はいま、大きな転換期を迎えています 。その変革の渦中に立ち、推進役の一人として奔走しているのが、2025年1月から正式に「農業1年生」として歩み始めた理事、髙橋和也氏です 。
香取市小見川一ノ分目で生まれ、小学4年生まで神奈川県藤沢市で過ごし、小学5年生時にこの地に戻って以降、髙橋氏は農業と隣り合わせで育ってきました。
かつて横浜の営業職として社内表彰を受けるほどの成果を上げ、その後は製造業の現場でリーダーを務めた経験を持つ髙橋氏。そんな彼が、なぜ40歳にして農業の世界に身を投じたのか。そこには、先人が遺した「地域を支える場所」を絶やしたくないという強い想いと、製造業で培った改善の視点を活かして効率化を追求する、次世代リーダーとしての情熱がありました。本記事では、サラリーマンとして活躍してきた一人の人間が安定のレールから離れ、地域農業の未来を背負うまでの挑戦を追いかけます。
80歳になった時の景色を想像して、後悔したくないと思った
── 髙橋さんは、幼少期を神奈川県で過ごされたのですね。
はい、生まれはここ小見川の一ノ分目(いちのわけめ)ですが、父の仕事の関係ですぐに神奈川県藤沢市へ移り、小学4年生まで過ごしました。小学5年生の時にこちらへ戻ってきたのですが、当時は自転車を7〜8台乗せられる船があって、それに乗って通学していました。藤沢で暮らしていた時は、徒歩数分の場所に学校があったのに、こちらに戻ってきてからの生活の違いにたくさん驚きました。夏休みは稲刈りの手伝いをするのが当たり前で、この頃から農業は身近な存在になっていきました。

── 祖父母様がライスセンターの礎を築かれたと伺いました。
はい。兼業農家だった祖父母と近隣の農家数件が集まり、水神ライスセンターの前身となる「機械利用組合 水神ライスセンター」を立ち上げました。これは「機械をシェアしよう」という当時の協創的な考えからスタートしたものです。私はその様子を見ながら育ちましたが、特段農業に興味がある、ましてや農業に打ち込むとは微塵も考えていなかったです。学生時代は本当に部活動に明け暮れていました。勉強とは無縁の生活を送っていたと思います。中学ではカヌー部で全国チャンピオンに、高校では野球に打ち込んでいました。高校卒業を控え、「勉強したい」と考えるようになり、専門学校でSEの勉強をしました。勉強していくうちに、PCに向き合う時間よりも、人と向き合うこと、人と話すことが好きだと気付きました。そのため、SEを学びはしましたが、最初の就職は営業職としてのスタートでした。
── 営業から製造業へ、そして農業へとキャリアが繋がっていくのですね。
キャリアのスタートは神奈川の浦賀地域での営業です。その後、横浜に場所を移し、営業マンとして足を動かし、仕事に邁進し続けていました。結果的に、社内表彰をいただいたりもして、充実した日々ではありました。3年が経過し、営業として成果も出したタイミングで「地元に戻ろうかな」と会社に相談しましたが断られ、父に相談したら「いいんじゃないか」と背中を押してくれました。実はこのタイミングでも農業をする道も考えていたのですが、約20年前は地域の農業に携わる方たちも50~60代と若く、人手不足という問題も顕著に表れていませんでした。ですので、専業農家としては一人当たりの耕作面積が確保しきれず、生計を立てる難しさを感じて断念しました。そのため、地元の工場に就職し、さらに日本製鉄に中途入社して製造業の現場を学びました。当時の私にとって農業は「人手が必要な時に手伝う」くらいの感覚でした。サラリーマン時代の農業との向き合い方は、正直なところ「言われたことをこなすだけ」だったんです。
── その意識が変わったきっかけは何だったのでしょうか?
2021年に勤務先の工場が2025年に閉鎖されると発表されたときです。工場閉鎖に伴い、君津に転勤して単身赴任するのか。同時期に、父から「今だったら面積が集まってきたから、専業で食べていけるぞ」と声をかけてもらいました。もし私がやらなければ、祖父が遺したこの環境はなくなってしまう。勤務先での新しい環境を取るのか、農業に専念するのか。自分が80歳になった時の景色を想像した時に、農業をやらなかったことを後悔する自分が見えたんです。
「祖父が遺したものを失くしたくない」「先輩方が繋いできた地域の農業を絶やしたくない」
その想いで、工場の三交代勤務を続けながら農業を本格的に学ぶ覚悟を決めました。

核心と衝突、その先に見据える「これからの農業」
── 農業を本業にされて、サラリーマン時代との違いをどう感じていますか?
よく例えるのですが、事業主とサラリーマンは「野生のライオン」と「動物園のライオン」くらいの違いがあると考えています。サラリーマン時代の私は工場勤務ということもあり、日々決められた業務をこなし、給与をいただいていましたが、事業主は自分で動かなければ死んでしまう。サラリーマン時代と比べて、より主体的に動かなければならない厳しさはありますが、その分、自分で舵取りをしているという実感が強く、毎日が本当に早く過ぎていきます。同時に、幸せや楽しさを毎日実感することもできます。農業への向き合い方も大きく変わりました。サラリーマン時代は「決まった業務をこなすだけ」、兼業時代は「工場の三交代制と農作業の修行」、専業になって初めて「楽しい」や「幸せ」を感じることができています。兼業は覚悟して始めたことですが、やはり大変でした。
── 現在、ライスセンターで取り組まれている変革について教えてください。
現在、現場のリアルな課題を洗い出しています。ドローンやロボット田植え機などの最新技術も積極的に取り入れています。私たちの組織は平均年齢が70歳を超え、これまでは「個人の勘」や「長年のこだわり」に頼る部分が多く、効率化の妨げになっていました。

── 具体的にはどのような「改善」を行っているのですか?
製造業で培ってきた経験を活かし、非効率な作業工程を見直しています。例えば、代表の頭の中にしかなかった情報を「見える化」するために作業工程管理表を作成したり、誰でも迷わず作業ができるようマニュアル化を進めています。ベテランの方々の経験は尊重しつつも、次世代が持続可能な形で農業を続けていくために、スマート農業やICTを活用した高効率なスタイルへの改善が必要だと地道に説明し続けています。ときに衝突することもありますが、まずあるのは「これまで農業を守ってきてくれた先輩たちへの感謝」です。そのうえで、次世代に繋いでいくために譲れないことを伝える。毎日この繰り返しです。ですが、お互いが本気で向き合っているからこその衝突であることを理解しているため、数時間後にはケロッと笑い合っています。
── 技術の習得において、特に注力していることはありますか?
「苗半作」と言われるように、米作りは苗作りが非常に重要です。種の準備から苗作りまでの実務スキルをスピード感を持って習得することを目指しています。また、外部から機械メーカーや肥料商社の講師を招いた勉強会も実施し、知識のアップデートを図っています。現場での確かな栽培技術こそが、事業繁栄の根幹だと考えています。
農業の大切さに気付いてから。――次世代へのバトンの渡し方
── 今後の目標と、地域での役割をどう考えていらっしゃいますか?
私は自分を「主役」だとは思っていません。先代から受け取ったバトンを次へ繋ぐ「バトン役」です。3〜5年後には、ベテラン層が引退しても揺るがない効率的な営農体制を確立し、2032年以降には経営を完全に引き継ぎたいと考えています。そのためには、今から同じ志を持つ新しい仲間が必要です。
── どのような人と一緒に働きたいですか?
一番は「好奇心」を持っている人です。なぜこの農業が必要なのか、もっと効率化できないか、と自ら深掘りできる姿勢が大切です。農業の重要性は40代くらいになってから分かってくる面もあると思うので、社会人経験を積んだ上で「地域のために何かしたい」という想いを持つ方は大歓迎です。

── 新しく入る方には、どのような環境を提供できますか?
ライスセンターでは、昨年1年間で新しい方が入社しても安心できる待遇面をまずは整えました。入社後は社員として働いてもらいますが、ゆくゆくは組織の中核として活躍の裾野を広げてほしいと考えています。私自身、農業や地域だけに思考がとらわれないように外に出て、人に会うこと、情報を得てくることを大切にしています。
── 将来の仲間に向けたメッセージをお願いします。
農業は「やりがい」と「責任感」が何物にも代えがたい大きな仕事です。現在はベテラン層の現役期間が迫っており、今がまさに変革のときです。私の役割は、新しく入る人が苦労しない仕組みを作り、この素晴らしい地域農業を持続させることです。地域に住み、仲間が増えたり、家族が増えたり、とライフステージが変わっていくにつれて「暮らし」の大切さや尊さの捉え方も変わっていくと思います。そのときに、農業の大切さに気付き、一緒にこれからの農業をつくってくれる仲間が増えると本当に嬉しいです。
家族と海、リセットする時間
── 多忙な日々を支えるリフレッシュ方法は何ですか?
約20年続けているサーフィンです。繁忙期は行けなくなってしまいますが、行けるときは毎週3日ほど朝、平井浜(鹿嶋市)の海に入っています。自然の中に身を置くことで、頭の中をリセットし、活力を得ています。
── 休日をご家族と過ごす際は、どのようにお過ごしですか?
家族でキャンプに行くことが好きです。また、妻が寺社仏閣巡りが好きなので、寺社仏閣を巡りながら、近くのキャンプ場で宿泊する旅行でリフレッシュしています。地域の豊かな自然や歴史に触れることで、自分がいる場所の素敵さを実感することもできています。
髙橋和也氏について

千葉県香取市出身。学生期から香取市の田園風景で育つ。スポーツ少年として活発な時期を過ごし、社会人になっても持ち前の行動力と行動量で優秀な成績を収める。神奈川県内でペプシ・コーラの営業マンとして活躍した後、香取市にUターン。神栖内の製造業に就職し、製造現場でも優秀な成績を収めていたが、工場閉鎖を機に専業農家としての道を選ぶ。修業期間を経た後、2025年1月に専業農家として歩み始める。営業マンとして、製造現場の技術者として、培ってきたスキルを活かしながら農家経営のスマート化と次世代へのバトンを紡ぎ始めている。
▶公式Instagram: https://www.instagram.com/suizin_rc_chiba_katori/
ID: @suizin_rc_chiba_katori
(編集後記)
今回の取材を通じて、髙橋和也という人物の「温かい包容力」と「人を巻き込む熱量」に私自身すっかり心が動かされました。
「バトンを繋ぐ役割なんです」とお話される髙橋氏のその言葉は雲一つなく、そのバトンを自分も一緒に繋いで行きたい、ここにいたら面白そう、と人生のワクワク感を共有できるような、そんな力強い言葉にも感じました。言葉だけでなく、営業として、製造業として培ってきたそのノウハウを次世代の農業経営に繋げる手腕は、今まさに変革を迎える一次産業において極めて重要な役割を果たしていくのではないか。そんな期待も大きく抱く時間となりました。
文化・伝統・先達への感謝を忘れずに、次世代に繋ぐための「改善」という手段を武器に、水神ライスセンターは、香取広域の農業を、人々を次のフェーズに連れて行ってくれる”ハブ”へと進化するに違いありません。
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