香取市の栗源に拠点を構える『恋する豚研究所』で、障害支援の屋台骨を支える山根正敬氏。その母体となる社会福祉法人 福祉楽団は、福祉という枠組みにとらわれず、誰もが共に生き、その人らしく豊かに暮らせるための実践的なコミュニティや施設運営を展開しています。福祉楽団の取り組みの一つとして2012年に立ち上がったのが、食肉加工とレストランが一体となった恋する豚研究所です。山根氏は未経験から福祉の世界へ飛び込み、施設の立ち上げから現在の躍進まで、泥臭い現場と向き合い続けてきました。決して飾らず、本質を見失わない山根氏の姿勢には、地域で生きる・働くことの本質が詰まっています。
手に職から見つけた、”福祉”への道
── まずはじめに、これまでのキャリアについて教えてください。
私は32歳で福祉楽団に転職するまで、大工の仕事をしていました。大学卒業時に社会福祉士の資格を取りましたが、当時は福祉の仕事をしようとはあまり考えておらず、漠然と田舎や自然の中での暮らしに憧れがありました。
学生の頃から旅行でインドやネパールに行ったりもしていました。いざ就職となった時、手に職をつけようと思ったんです。家を作る仕事はどこに行っても必要ですし、技術があれば求められると考えて、大学卒業後に大工の道へ進みました。親方に弟子入りし、昔ながらの工法で家を建てる小さな工務店で9年半ほど修行しました。
── 最初の仕事は何だったのですか?
相談員のような職種を希望していましたが、その時は募集がありませんでした。「介護職だったら今募集してますよ」と言われ、面接をお願いしました。
最初に8〜9ヶ月ほど介護の現場に入った後、相談員への異動の話があり、ショートステイの担当を2年半ほど務めました。
── 「恋する豚研究所」の立ち上げにはどのように関わったのでしょうか?
相談員として働いていた当時、理事長が新しい事業を始めるらしいという噂が広まっていました。ある日、残業していた時に飯田さんに「今度の就労支援のところを山根さんにお願いしようと思ってるんだけど、どう?」と突然声をかけてもらいました。突然のことでしたが「やらせてもらいます」と答えました。それが35歳くらいの時です。
何もかもが初めての挑戦でしたが、自分に与えられた役割だと思い、スタートしました。

── 学生時代に学んだ福祉が活きていることはありますか?
マインド的な部分で非常に役に立っていると感じています。学生の頃に仲間と「本質を語り合う」という時間を過ごしたことは貴重な経験でした。
福祉楽団全体に共通する文化として、決められたことを優先するのではなく「本質的なことをする」という考えがあります。私自身適当なことが嫌いで納得いかないところがあり、その文化が合っているのかもしれません。
── ここで、そもそも「恋する豚研究所」とはどんな場所でしょうか?
「恋する豚研究所」は、福祉楽団が運営する食肉加工場とレストランが一体となった就労支援施設です。単なる福祉施設ではなく、ブランド豚として確立するために味や品質だけでなくデザインにも徹底的にこだわり、障害のある人が高い工賃を得られる仕組みを目指し設立されました。
── 恋する豚研究所の由来について教えてください。
「豚に恋する」のではなくて、「豚が恋する」ということをイメージして名前をつけました。恋をすれば、なんとなく幸せで、すこやかで、おいしい豚が育つんじゃないかなと私たちは考えています。豚を毎日見ているうちに、豚だって恋しているんじゃないかと本当に思っています。
── 今一番力を入れているのはどのあたりですか?
一貫して言えるのは、”肉を売る”ということが変わらずに根幹にあることです。農業やスイートポテトの事業も始まりましたが、ベースには常に肉を売ることがあります。
もともとこだわって豚を育てている農場ではありましたが、亡くなった元理事長自身が「自分でちゃんとハムを作りたい」と強く思っていました。おいしいものをもっと広めたい、食べてもらいたいと思うのは自然なことです。ここはスタッフ全員、同じ思いで働いているかと思います。
── こだわりや差別化のポイントについて教えてください。
私たちは、豚のエサや育て方に徹底的にこだわっています。「品種」という遺伝的なものよりも「育て方」などの環境がおいしい豚をつくるためには大切です。だからこそ生産者は1農場だけとしており、契約農場など生産農場を増やすつもりはないので、育てられる豚の頭数は限られます。
口あたりがなめらかで、くさみが少なく、脂のほのかな甘みが広がり、あと味はすっきりしています。これは、ほかのブランド豚と比べておいしさの指標であるグルタミン酸とイノシン酸の含有量が多いという科学的な裏付けもあります。環境面では、食品工場やスーパーマーケットなどで使われなくなった食品を豚のエサに加工し、ふん尿を堆肥にして田んぼや畑に戻すことで、自然の摂理を大切にした農業を実践しています。

── 恋する豚が食卓に並ぶのはどんな時でしょうか?
みんなでわいわいと食卓を囲む日や、ひとりせつなさを抱きしめてゴハンを食べる日など、そっと食卓にある存在でありたいと思っています。「今週頑張ったから恋する豚でしゃぶしゃぶしちゃうかな」とか「みんなで集まるから豚だろう」、あるいはお祝いの時に「ちょっと高いかもしれないけど贈ったら間違いないな」と思ってもらえるようにしなくてはいけません。
一般のお客様は、福祉や障害だから買うなんて思っている方はほとんどいません。おいしいから買う、おしゃれだから行く、という世の中の一般的な基準で皆さん動いています。そこに福祉が入ったところで、絶対的なプラスにもマイナスにもなるものではありません。だから、それはあえて前面に出さず、一般の方が選択する価格や味、おいしさの基準で売っていくことが大切だと考えています。
──恋する豚研究所の過去最大のピンチや転機は何でしたか?
あえて言うのであれば、テレビ番組で紹介されたことがターニングポイントになったかもしれません。土曜の昼に放送された翌日、ものすごい人数のお客様が訪れて3時間待ちになるなど(!)、当時のオペレーションでは想定外の事態が起きました。全員で食堂の洗い物に回るなど大変でしたが、以降多くの方に知ってもらうきっかけになりました。

これからの挑戦について
── 香取エリアやこの地域に対する考えはいかがですか?
成田空港や東京に近いことはものすごいメリットだと感じています。お客さんが来やすいだけでなく、配送する店舗への状況確認やトラブル対応にもすぐ駆けつけられる距離感は強みです。また、自然を感じられる落ち着いたエリアであることも魅力です。
── 山根さんにとって新しい課題は何ですか?
恋する豚研究所のような事業スキームをつくることはできましたが、今後は宿泊施設の立ち上げといった新たなフェーズに入ってきました。今のメンバーだけでは経験としても人員としても、やりきれない体制になってきていると感じています。自分の役割を意識しながら、チームと一緒に自分自身も成長していきたいです。
── 今後どのような方と一緒に働きたいですか?
変化を楽しめる人でしょうか。まだまだベンチャー企業のような「つくっていく」時期です。決まっていることは少ないので、「うまくいくかも!」と楽しめるマインドを持った方と一緒に働けると楽しいですね。本質を追い求める考え方をする人が集まっているので、価値観が合う方にとっては、新しい仲間が見つかるような環境ではないかと思います。
── ここで働く良さや豊かさについて教えてください。
生活の面では、適度な田舎なので働く時間だけでなく余暇も楽しめます。仕事の面では、本質を楽しめる方や理念に共感できる方にとって、自由にできることが多いのが魅力です。楽しそうに働いている姿や、充実している姿を見ることが一番嬉しいので、これからも良いチームにできるように頑張っていきたいです。
恋する豚研究所のお勧めメニュー

看板メニューのしゃぶしゃぶはもちろん美味しいのですが、スチームハンバーグもとてもジューシーでお勧めしたいです。一緒に蒸された野菜も、素材本来の引き出された甘みが口いっぱい広がります!
山根正敬氏について

1976年東京都生まれ。大学卒業後、9年間、伝統木造建築の親方に師事。社会福祉法人福祉楽団へ転職し、杜の家くりもとに在籍。その後、恋する豚研究所をはじめとした就労移行支援事業の立ち上げに携わる。現在は栗源事業部にて建物のメンテナンス兼何でも屋として従事。
恋する豚研究所 公式Instagram @koisurubuta_laboratory
(編集後記)
恋する豚研究所は、就労継続支援施設。恋する豚を食べたことがある方に、その事を知っていたかを聞いてみたい。「福祉系の会社がやっているから」というのはブランドになると考える人もいるだろう。一方で避ける人も現れるのかもしれない。美味しさの前で、その事実は果たして必要なのか。お話を伺い「障害を売りにも言い訳にもしない」という姿勢は、すべての人の可能性を広げるという福祉楽団のミッションを体現しているように感じた。
山根さんのような、ありたい姿を元に行動し、その先でひとつのストーリーのように繋がっていく生き方を目指す人は多いと思います。今後新たに拡大する事業を含め、本質的な楽しさを分かち合える新しい仲間が集まっていく未来が見えました。
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