東国の熱量を届ける

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インタビュー

航空エンジンの現場から豚舎の現場へ。
会社と個人の価値観が重なった先にある理想の未来

内山裕貴さん

株式会社ジェリービーンズ
専務取締役

航空宇宙産業から、地域農業の未来を背負う養豚業へ──。
株式会社ジェリービーンズの内山氏。一字一句、1/1000ミリ単位の世界で技術職の世界で培ったスキルを経て、いま、命を紡ぐ「養豚の一貫生産」へと足を踏み入れ、現場の意識を変えた5S改革へと見事に融合しつつあります。「人」を中心とした組織力の向上と自分たちの世代、これからの世代に向けての革新的な取り組みの数々。その裏にあるストーリーと想いとは。地域の誇り、食を支える今に迫ります。

「喋れる理系」が歩んだ1/1000ミリの世界と、運命に導かれた養豚への転身

──この度は取材にご協力いただき、誠にありがとうございます。まずは学生時代のお話からお聞かせください。

私はサラリーマン家庭で育ち、千葉市や栄町などを転々とし、8歳から成田市で育ちました。高校時代は、早起きが苦手にも関わらず、通勤時間も長い香取市の高校へ通っていましたが、遅刻常習犯で学業は万年ビリでした(笑)。部活動は幼稚園からずっとサッカーをしていたので、小中高では色々なポジションをやり、高校では最終的にはディフェンスに。中学は部長、高校は副部長もしていたので、全体を見て、仲間のカバーをしたり、鼓舞したり。今も全体を見ながら、誰がどこにいて、どんな動きをしているかなどを気にしているのは、サッカー時代に培ったものかもしれないですね。

高校生の時は何を学びたい、どんな仕事をしたい、という明確なイメージは全然なかったと思います。
ただ、父親が空港関連の仕事をしていて、幼い頃からその働く背中を近くで見ながら育ちました。今思い返してみると、父の仕事に対するあり方にどこか魅力を感じていたため、航空業界への道は意識が自然と向いていたかもしれないですね。大学はやりたいことが決まっていなかったので、進んでから見つけようと考え、石川県の大学へ進学し、とりあえずは父と同じ航空分野の学部を専攻して最後の研究ではエンジンの研究室に所属をしました。親元を離れて一人暮らしをしてみたいという思春期の想いもあり、あえて知らない土地を選んだのですが、金沢での4年間は世界が広がる素晴らしい経験になりました。

──大学での専門的な研究から、日本の最先端技術を担うIHIへ進まれたのですね。

大学では機械力学や流体力学、材料力学、熱力学など、ものづくりの根幹となる学問を学びました。進学先の大学はカリキュラムの中にプレゼンテーションや設計デザインが多く組み込まれており、パワーポイント資料を人前で発表する機会がとにかく多かったんです。そのため、理系でありながら「自分の言葉を使って、人前で話せる、喋れる理系」が多い環境に自然と身を置いていたのかもしれません。また、ものづくり工房のような場所が開放されていて、自律走行の自動車、鳥コンテストのチーム、ドローン開発している人など、自分の興味分野に没頭している人が多かったです。当時の就活ではいくつかある航空系分野の企業で、航空機のエンジンに絞り、入社することを決めました。

入社後は技術職として航空エンジンサービス部に配属され、ユーザーさんへ現地訪問をして技術指導や情報提供をしたり、定期整備(オーバーホール)での技術調査などを担当しました。使用されたエンジンが帰ってきて、技術調査を行なう際には、各事業所や工場内10以上の部門との事前協議や進捗管理を行ない、スピーディかつ確実な仕事が求められました。
調査報告書を作成する際も、事実と見解をしっかりと区分けして明記し、資料の見出しの付け方から全角・半角の区別、数字はすべて半角、図や表のタイトルの位置、余白の規定にいたるまで、一字一句の書式の間違いもないように徹底的な指導を受け、緻密さと正確性を叩き込まれました。特に、技術調査における現場作業を行なう際には、関係するすべての部門との常日頃の信頼関係が最も重要です。工場の方々と深い信頼関係を築くための丁寧な根回しやコミュニケーション、そして、この厳格な書類作成のスキルは、現在の私の大きな強みとなっています。

──そこから、どのようなきっかけで養豚の世界へ転身されたのでしょうか。

実は、ジェリービーンズの創業者の娘が妻なんです。その妻とは高校の同級生です。当時は同じクラスだった時期もあるのですが、ごく普通の同級生という関係性でした。もちろん家業が養豚業であることなど、当時は知らなかったです。社会人になってから東京で再会。その後、お付き合いをするなかで「一度農場を見に来てよ」と誘われたのが最初のきっかけでした。
ある時、彼女の大学の卒業研究のデータ収集のために採血を手伝ってほしいと言われ、約70〜80キロの豚を100頭ほど保定(豚の体をしっかりと固定して動かないように抑え込む)する手伝いをしたんです。その時に初めてやってみたにも関わらず、今まで経験したことのない命とダイレクトに向き合って体を動かす感覚に、「自分でもできるんだ!」という強烈な新鮮さとワクワク感を覚えました。

さらに、創業者であるお父様(現社長)から、餌の調達や豚の売り先、豚舎建設に至るまで、経営のすべてを自分たちで行なっている話を伺い、ビジネスとしての圧倒的なやりがいと面白さに感銘を受けました。それまで私自身も農業というものに全く興味がなく、6K(きつい・汚い・危険・帰れない・かっこ悪い・稼げない)のマイナスイメージだったので、自分で体験して話を聞いてみて、勝手に思い描いていたイメージが大逆転しました。そして、外の世界で社会人を4年経験し、いち早く自分も力になって、この世界で生きていこうと養豚の世界へ入る決断を固めました。

わずか3頭からの背水の陣「自社一貫生産」と5S改革

──ジェリービーンズ様の事業の歩みと、他社には負けない強みについて教えてください。

当社の養豚事業は1979年に、社長が個人で、わずか母豚3頭の豚を飼うことからスタートしました。当時は資金が本当になかったため、開港したばかりの成田空港で夜間のアルバイトをして餌代を稼ぎ、帰ってきてから豚の世話や出荷を行ない、忙しない毎日を過ごしていたそうです。「これで飯を食っていくんだ」という創業者の強い覚悟のもと、個人で母豚3頭から450頭まで規模を拡大し、1992年に法人化をしました。さらに2000年には自社工場を立ち上げて、自分たちの手で加工してお客様に直接お届けする仕組み(6次産業化)を構築してきました。
私たちの最大の武器は、国内外から導入した原種豚から自社で豚を作ることができる「自社一貫生産」を行っている点です。自社ブランド豚「元気豚」として三元豚を作っていますが、そのために、定期的に母豚を買ってくるのは大きなコストもかかりますし、他農場から自社農場には存在しなかった新しい病気を持ち込んでしまうリスクが非常に高まります。弊社は豚が多いこの千葉の土地でも病気をしっかりコントロールすることを最重要事項と考え、徹底的な衛生管理と設備投資によって実現しています。その結果が、これまでの成長に繋がっていると感じています。

──前職での知見を活かして、現場のオペレーションに大きな革新を起こされたそうですね。

コロナ禍のタイミングで食肉加工工場に「トヨタの5S」教育を導入しました。それまでは、特定の人が主体かつ職人気質の管理体制だったのですが、コロナでいつ誰が休むかわからなかったことや人がなかなか育たずに高齢化になっていたことから、特定の人に依存しない運営体制を築くため、現場で改善する技術を社員一人一人が身に着け、少しずつ役割分担を決めていきました。

最初は「めんどうくさい、そんなことできない、現場の人が嫌がるから」という反発もありましたが、現場上がりのトヨタ社員のコーチ役の力を借りながら、一人一人が職場の改善に取り組めるように業務へと落とし込んでいきました。始まった当初は、私も一緒に考えたり、良かれと思って皆さんが考えた方針に口を挟んだりしていましたが、このやり方では主体性がなくなってしまうということをコーチ役の方から教わりました。それから大きな成果は求めず、どんな小さなことでも良いので、まずは自分たちの考えややり方を尊重し、進めていく様子を見守るだけに徹しました。そうすると、今まで全くパソコンを使えなかったスタッフが、パソコンに立ち向かい、今では積極的にパソコンを活用して資料を作れるようになり、「あ、できるようになるんだ!こんなふうに変わるんだ!」という達成感が現場に芽生え、自走していく組織になっていく過程は、本当にやって良かったと感じています。私一人だけがやる気になって早く成果を求めても、現場を動かすのはとても難しくて、現場で働く一人一人が「やるぞ」という気持ちになり、少しずつその人数を増やしながら職場の空気(文化)を醸成していくことの大切さを実感しました。変わったのは私自身ではなく、現場の一人一人の考え方が変わり、自然と主体性を持った組織文化になったことが大きいと思います。

いつもの安心を届ける使命。テクノロジーに振り回されない「組織力」の構築

──地域における御社の役割と、今後のビジョンについて教えてください。

我々の経営理念は「安全・安心・おいしさ、そして未来への挑戦」です。私たちの役割は、地域のスーパーの売り場に、毎日当たり前のように品質の高い新鮮な豚肉を安定して供給し続けること(定時定量出荷)です。消費者や小売店様にとって、いつもの「安全・安心」を届けるために、持続可能な養豚経営をしなければなりません。また、自社ブランド豚「元気豚」は、創業者の社長が「健康で元気な豚はおいしい」という信念と、「食卓に笑顔と元気を届けたい」という想いを込めて命名しました。

私たちは単にモノを売るだけでなく「この地域にジェリービーンズがあって良かった」と、働く従業員からも地域街からも必要とされる存在であり続けなければならないという強い思いを持って仕事をしています。そのためには持続可能な養豚経営を続けていくことであり、土台となるのは「人が育っていく仕組み」と「組織として次世代に繋げていくこと」が何よりも重要だと考えています。

──これからの畜産業界の未来を、どのように見据えていますか。

例えば、ある国では地方ではなく都市部で、17階建てのマンション型豚舎でAIを使って自動管理するような、大規模なスマート農業が養豚業界で話題になっています。しかし、どんなにハイテク化が進んでも、最後は「人」が技術力を基に豚を管理できなければ、その仕組みは簡単に崩壊してしまいます。

私たちは、テクノロジーだけに依存するのではなく、時代の変化と共に取り入れ、変化に順応しながら進化をし続けられるだけの「組織力・育成力・技術力の継承」に力を入れています。人が育つ仕組みをこの地で確立し、ゆくゆくは地域で課題を抱える方々の力になり、この豊かな畜産文化を次の世代へ持続可能な形で繋いでいくことが、私たちの大きな展望です。

元気豚のパテ・ド・カンパーニュ

一人ひとりの価値観に紐づく人事制度と、未来を担う「5年勝負」の育成

──持続可能な人づくり、次世代へのバトンに向けて、どのような組織づくりを進めていらっしゃいますか。

社長が今でも現場に入って、誰よりも実直に汗を流している姿は当社の最大の強みです。しかし、これからを見据えた時、社長をはじめ、特定の人だけに依存する経営からは脱却しなければいけないと考えてきました。

現在は、社長と各役員が主体となって、大きく役割を分けるようにしています。社長が施設工事の取りまとめや財務に集中し、獣医師である妻が最も技術を要する繁殖農場と農場全体のバイオセキュリティおよび病気の管理を担い、私ともう1名の役員が肥育農場と出荷管理、そして製造・販売・人事・採用計画を見ています。現場を支えてきた熟練のプロフェッショナルたちが数年後に交代期を迎えるからこそ、今まさに、私たちが次の農場の中核となる若手を育てる「5年勝負」の真っ最中なのです。

──スキル以上に、これから仲間となる人材に求めていることは何でしょうか。

「好奇心」と「前向きな意欲」です。
具体的には、養豚や食の世界への興味関心。その興味関心を基に前向きに学ぶ意欲を持てるか。この2つの要素が本当に大切だと考えています。好奇心と前向きな意欲さえあれば、人はいつからでも成長できると信じています。
私自身、サラリーマン時代に社内研修を受けてきましたが、半ば「受けさせられている」という感覚でした。研修中は聞いて、頷いて、終わったら懇親会をやってなんとなく終わり。翌日以降の業務には、正直反映できていないといったことがほとんどでした。
このような状況にならないために弊社では、誰の何のためになぜこの仕事をするのか、一人一人の目的を明確にし、会社が目指すべき方向と個人が目指すべき方向が重なり合っていくことが必要だと考えています。会社の価値観と一人一人が大切にしている価値観を共有し合うことで、仕事の役割を丁寧に考えて決めていく。その上で、5年後10年後にはこうなっていたいという個人の理想像と、こうなってもらっていたいという会社の理想像を紐づけて、人事評価制度と人が育つ仕組みを合わせられるように社内努力を重ねています。

直近行なった幹部研修では、一問一答形式で社長から創業当時の想い、仕事観や従業員への想い、将来の構想などを語ったり、ベテラン社員(ハイパフォーマー)にも登壇いただき、今までの生き方や仕事への考え方などを、次世代の幹部候補へ発信していく取り組みを始めました。これを6ヶ月ほど続けて、最後に理念や歴史、今後の方針を1冊の冊子にまとめて、すべて言語化することに取り組んでいます。経営者やハイパフォーマーだけが頭の中だけですべてを抱え込むのではなく、経営者やハイパフォーマーの想いを幹部が理解し、それをしっかりかみ砕いて社内へ通訳し、社員一人一人に少しずつ伝わり、全員で同じ方向を進んでいくための改革をしています。

――現場では外国人実習生との共同作業も発生すると伺っています。語学力は必要ですか?

入社段階で日本人社員にも外国人社員にも語学力はあまり求めていません。いきなり外国人社員と話すことにハードルを感じる人もいるかと思いますが、表情とジェスチャーで多くのことは伝わります。その中で、時間の経過とともに少しずつ日本語を覚え、共通言語ができてきますが、どうしても文化の違いによるニュアンスのズレは生じます。ここに関しては、まだまだ課題がありますが、会社が大切にしている理念や価値観、求めている行動を基に目指しているものが同じであれば、問題はないと考えています。

子供と過ごす日曜日。一人の空間と多古の恵みで整うリフレッシュ

──非常に多忙な日々を送られているかと思いますが、日々のリフレッシュ方法を教えてください。

子供が生まれてからは、なるべく日曜日は子供と過ごす時間を何よりも大切にしています。通っている小学校やこども園からも地域の様々なイベントの案内がたくさん来るので、多古米の田植え体験、空港も近いことから航空会社主催の紙飛行機教室、成田空港でのスタンプラリーなどの地域のイベントやマルシェに行くことが多く、千葉の豊かな自然やイベントに触れる時間が、私にとって最高の癒やしです。
また、一人の時間を作ることも大切にしています。なかなか落ち着いた時間を取ることができないので、毎日の移動中にポッドキャストやラジオをひたすら聴いて学びを入れたり、疲れた時は近くの温泉施設にいって頭を空っぽにするために瞑想しています。

──ちなみに…「元気豚」をはじめ、ジェリービーンズさんの食材を食べられるところは近くにありますか?

多古町では、道の駅多古をはじめとした近隣の飲食店で元気豚を使った定食やカレーライスなどが食べられます。千葉県内では、千葉駅周辺のラーメン店や居酒屋などの飲食店、サービスエリアや観光施設(千葉動物公園、鴨川シーワールド)などで元気豚を使っていただいております。
自社製品としては、チャーシュー、焼売、フランクフルトやパテなど常時40種類以上の肉製品を取り揃えており、多古町にある工場直売所やECサイト、ふるさと納税で購入することができます。多古町の工場直売所では週末やセール日にはお肉の詰め放題などのイベントも行なっておりますので、是非お近くにお越しの際はお立ち寄りください。


■会社概要
会社名:株式会社ジェリービーンズ
代表名:内山 利之氏
設立:1992年5月
公式HP:https://jellybeans.co.jp/#top


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