東国の熱量を届ける

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インタビュー

50代から、姿勢を変える。
人生を変える。

南 英雄さん

南カイロプラクティック
オーナー

南カイロプラクティック 南英雄様

成田市伊能。生まれ育った集落の一角で、南英雄さんは施術院「南カイロプラクティック」を営んでいる。長く食品関係の会社に勤めた、ごく普通のサラリーマンだった。独立からわずか2年。いまは自宅サロンに加え、鹿嶋市、八千代市のシェアスペース、そして出張と、活動の輪を広げ続けている。

だが、その歩みは順風満帆とは程遠い。2022年の暮れ、家庭の大きな転機と勤め先の退職が、ほとんど同時に南さんを襲った。人生の底。そこで南さんが選んだのは、再就職活動ではなく、行き先も宿も決めない一人旅だった。

四国で、沖縄で出会った人々は、南さんのものの見方を静かに変えていく。そして旅から帰った先で待っていたのは、思いもよらない仕事との出会いだった。

「いつか」を待たずに動き続ける男の半生から、逆境の乗り越え方と、地域に住みながら世界を広げていく生き方を辿る。

伊能の集落で育った、陽気な陰キャ

── 幼少期は、どんなお子さんでしたか。

私は成田市伊能で生まれ育ちました。今、治療院を構えているこの場所が実家です。子どもたちは自分たちで遊びを考えて遊ぶしかない、そんな田舎の集落でした。

みんなでいるのも好きだけれど、あまり一緒にいすぎると疲れてしまう。人は好きなのに、一人の時間も必要。大人になった今、自分のことを陽気な陰キャと呼んでいます。

そういえば、小中学生の頃は友達の身体を鳴らすのが大好きでした(笑)。背中や首をバキバキと。骨を鳴らすのが好きだったのは、今の仕事に繋がっているのかなあ、なんて(笑)。今思えば、かなり無茶なことをしていましたね(笑)

南カイロプラクティック 南英雄様

── 社会に出てからは、どんなお仕事をされてきたのですか。

最初は工場での単純作業です。そこから雑貨の卸売、機械工具の販売、そして食品関係へと、気づけば販売の仕事が長くなっていました。会社に通う、ごく普通のサラリーマンです。

── 個人事業主として開業されている今。やはり「将来は起業だ」などを考えて働かれていたのでしょうか?

いや…、20代はずっと遊んでいました。結婚願望もなく、近場を旅しながら。遠くへ行きたい気持ちはいつもあったのに、関西あたりで止まっていました。今振り返ると、当時の自分に言いたいことがあります。もっと旅をして、いろんな人に会っておけばよかった。モノを買うことより、人と出会う経験にお金を使えばよかった、と。

人生の底で選んだのは、行き先を決めない旅だった

── 大きな転機があったと伺いました。

2004年、31歳で結婚しました。一度千葉市に住み、その後この伊能に戻ってきて、長く食品会社に勤めていました。

その暮らしが一変したのが2022年の暮れです。家庭の大きな転機と、勤め先の経営環境の変化による退職が、ほとんど同時に訪れました。人生の底、と言っていい時期だったと思います。

── そこから、なぜ旅へ出ようと思われたのですか。

現状を変えるには、ここにいても変わらない。そう思ったんです。人に会うのが趣味なので、自分の生活圏内には絶対にいない人に会いに行こうと。旅先での目的も決めず、宿も取らず、昔から行きたかった四国へ向かいました。

小豆島へ渡るフェリーの甲板で、一人の男性に出会いました。この人には話しかけた方がいい。そんな直感で声をかけたら、息子さんが千葉の大学に通っているそうで、話が弾みました。船を降りて自転車で島を巡り、細い路地を抜けた先で、その方とばったり再会したんです。すると、実は年内で仕事を辞めて新しい道に進むのだと打ち明けてくださって。私も、退職して自分を癒している最中なんですと打ち明けました。ドラマみたいなことって、本当にあるんですね。

沖縄では、ビーチにテントを張って暮らすことを選んだ定年後の男性や、若い頃から一度も勤めに出ず、絵を描きながら旅をして生きてきたという方にも出会いました。世の中には、こんな生き方もあるのか。その連続でした。

── 旅を経て、ご自身に変化はありましたか。

私はもともと、ものすごく人の目を気にするタイプでした。ちょっとしたことでずっと悩んで、落ち込んでしまう。それが旅の中で少しずつ変わっていったんです。どう思われたって、どうせ明日には自分のことなんて覚えていない。そう思えるようになってから、心が本当に軽くなりました。ものの見方ひとつで、あんなに重かった景色が変わるんだということを実感しています。

── カイロプラクティックとは、どう出会ったのですか。

旅から帰ってきて、知人の手伝いに行った先で、たまたまカイロプラクティックの体験会が開かれていたんです。施術を受けてみたら体が変わって、そのままやりませんかと誘われました。正直、立派な理由があったわけではありません。とりあえずやってみようかな、と。やってみないと分からないですから。

カイロプラクティック

出ていけば、会える人は3倍になる

── カイロプラクティックとは、どんなものなのでしょうか。

カイロプラクティックでは、背骨や骨盤など身体のバランスを整えることはもちろん、姿勢や生活習慣を見直し、日々の健康づくりをサポートしていくことも、私が大切にしていることです、「健康案内人」みたいなものですね。

── 現在は複数の拠点で活動されているそうですね。

自宅サロンのほかに、鹿嶋市と八千代市のシェアスペース、そして出張の三本柱です。こちらのお客様が向こうの違う街へ行くことは、まずありません。しかし、自分から出ていけば、ここにいるだけでは会えない人たちに会える。単純に、会える方が3倍になるわけです。

── 同業者が増えることに、不安はありませんか。

まったくありません。むしろ増えてほしいんです。今はまだ、カイロって何なの、という方が大半ですから。まず知っていただく。姿勢や骨格が、健康とどれだけ深く関わっているかを知っていただく。その数が増えれば、足を運んでくださる方も自然と増えます。一家に一人カイロプラクターがいれば、ご家族の健康を守れるし、みなさんに学んでほしいと本気で思っています。

南カイロプラクティック

格好つけずに、本音で話せる仲間と

── どんな方が多く通われていますか。

30代後半から60代の女性がほとんどです。母であり、妻であり、社会に出れば会社員でもある。いわばトリプルワーカーですよね。その方たちが健康で、笑顔でいられたら、ご家族も元気になります。お母さんは最高のホームドクターだと、本当に思うんです。

── 今後は、どんな仲間と歩んでいきたいですか。

一人では、1馬力以上は動けません。骨格のこと、健康のことを一緒に広めていく仲間が欲しいです。雇う雇われるという関係ではなく、上下のない横のつながりで、同じ道を志す人を増やしていきたい。

会ってみたいのは、格好つけずに本音で話している人、楽しそうにしている人です。私自身、駆け引きはやめました。やりたいです、会いたいです、と真っ直ぐ言う。それで離れていく方がいたとしても、合わなかっただけのこと。何年か経って、また気が合うことだってありますから。

南カイロプラクティック 南英雄様

── 挑戦を迷っている方へ、伝えたいことはありますか。

いつかやりたい、時間ができたら、という方は多いですよね。断言できますが、その絶好のタイミングは一生来ません。気になったら、すぐ始める。ダメだったらやめればいい。お金の不安は今でもありますよ。それでも、何もやらないことの方が、ずっと怖かった。やりたいことをやったという事実は、必ず自信になります。

バイクと町の食堂と、ネタをくれる人たち

── お休みの日は、どう過ごされていますか。

バイクです。この間は下道だけで福島まで、片道6時間走ってきました。次の楽しみは秋の西伊豆です。

バイクで出かけた先で、昔ながらの町の食堂に入るのが好きなんです。北関東のきれいな川の近くにある蕎麦屋さんに立ち寄ったとき、近くの川で遊んでみたいんですと店主さんに言ったら、もう店を閉めてみんなで行くか、と。居合わせたお客さんと店主さんと、本当にみんなで川遊びに行ったんですよ。こんなことが起きるんだ、と嬉しくなりました。

── 最後に、南さんにとって出会いとは何でしょうか。

旅先でも仕事でも、皆さんが面白い話の種をくれるんです。私は本当に、出会いに恵まれていると思います。だからこそ、これからも出ていきます。行く場所は変わっても、外へ出ていく気持ちは、きっと一生変わりません。

南カイロプラクティック 南英雄様

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