東国の熱量を届ける

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インタビュー

夕刊を配った小さな手が、
いま、AIを届けている

日下 学さん

株式会社NID・MI
事業部 DX推進室

台風の日も、正月の朝も、新聞を配り続けた少年がいました。部活動に憧れながら、通学路とは逆方向へ歩いた日々。それから十数年、その少年は地域を代表するIT企業で、AIという最先端の道具を社内外に広める役割を担っています。株式会社NID・MI、DX推進室の日下学さん。香取市小見川に生まれ、地元の通り沿いの看板が縁で入社してから34年。携帯電話の黎明期の大型案件から、200名を超えるプロジェクトの運営まで、社内で火消し役(緊急対応の専門家)と呼ばれる困難な現場を歩き続けてきました。けれど、ご本人の語り口はどこまでも穏やかです。忙しい現場を渡り歩いた半生を、苦労話ではなく、面白かったと振り返るその静けさの奥には、何があるのでしょうか。技術は道具、と言い切るエンジニアの34年をたどっていきます。

新聞屋の子どもが学んだ、いちばん最初の仕事

台風の日も、正月の朝も

── 幼少期はどんな環境で育ちましたか。

私は香取市小見川の生まれです。今でこそ閉まってしまったお店も多いのですが、当時は八百屋さん、魚屋さん、肉屋さん、米屋さんにパン屋さんと、専門のお店が通りに点々と並んでいて、買い物は近所を回って済ませるのが当たり前でした。そんな町並みの中で育ちました。

実家は新聞屋を営んでいました。私も小学3年生の頃から夕刊の配達を手伝うようになり、中学に上がると早朝の配達もやるようになりました。学校に向かう同級生たちとは、少し逆方向に自転車をこいで新聞を届ける毎日でしたね。夜は夜で、翌朝の朝刊に入れるチラシを手で折り込む作業がありました。当時は機械なんてなかったので、20枚ほどのチラシを何百部も、兄弟そろって手作業で挟んでいくんです。正月前など量が多いときは、夜8時頃まで続きました。

── 同級生と同じような生活はできなさそうですね。例えば、部活動はされていたのですか?

中学までは家の仕事がありましたから、部活動を始めたのは高校からで、バドミントン部に入りました。新聞配達とは全然違う筋肉を使うのか、最初は気が遠くなるほど体力を奪われましたが、本当に楽しかったですね。それまで同年代の仲間と一緒に何かに打ち込む経験があまりなかったので、部活のことも大会のことも、今でも鮮明に覚えています。

部活をしながらも新聞配達は続けていました。新聞配達は自然との戦いでもあって、台風の日でも配達に行かなければなりません。今でこそ笑い話ですけど、長年の新聞配達で抗えない自然と戦ったからか、この時以上に過酷な環境はないように思えています。

ゲームの裏側が知りたくて

忙しい現場から、忙しい現場へ

── ITの道へ進んだきっかけは何だったのでしょう。

もともと、ゲームが好きだったんです。遊びながら、これはどういう仕組みで動いているんだろうと、裏側の仕組みに自然と興味が湧くようになっていました。そんなこともあり高校卒業後は、情報系の専門学校へ進みました。進学後も新聞配達は一時続けていて、朝4時にバイクで出発して、毎日50キロ弱を走って6時過ぎに戻り、7時前の電車で学校へ向かうという生活でした。今思えば、よく通ったものだと思います。

── そこからNID・MIへ入社されたのですね。

地元の通り沿いに、弊社の看板がちょこちょこ立っていたんです。地元にこういうIT系の会社があるんだなと、以前から目に留めていました。それが縁で1992年に新卒で入社し、以来34年になります。

入社した頃はバブルがはじけた直後で、紙の設計書をバインダーに何冊もまとめて納品するような下積みから始まりました。転機は2000年頃です。携帯電話の通信の仕組みがまだ固まっていない時代に、朝9時から日付が変わる頃まで、お客様と毎日仕様を語り合いました。テレビの動画処理の仕事も長く担当しましたが、ああでもない、こうでもないと一緒に試行錯誤していく。そういう仕事の進め方が、本当に面白くなってきたのがこの頃です。

── ご経歴を伺うと、難しい現場を任されることが多かったそうですね。

社内では火消し役と呼ばれるような役回りを担うことが多かったです。固定のお客様を担当していれば繁忙期と落ち着く時期があるものですが、私の場合は、特に忙しいプロジェクトや、問題を抱えた現場に相次いで入っていく形でずっと歩んできました。いまだに、何かあると呼ばれるんですよ。もうそれが私の役回りなのだろうと、半ば楽しんでいるところもあります。DX推進室に異動する直前には、200名を超える規模のプロジェクトでマネジメントオフィスのリーダーを務め、後にお客様の社内で推奨事例として表彰されたと聞きました。苦労はしましたが、面白かったですね。私にとって仕事とは、ものづくりそのものよりも、お客様のやりたいこと、その先で使う人に、どこまで貢献できるかなのだと思っています。

技術は道具。だから、人のそばに

この地域が、開拓し甲斐のある場所になる日

── 現在はDX推進室で、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

AIをどう活用していくべきかを研究して、社内に伝えていく仕事をしています。隔週で火曜日はAI相談会を開き、私たちの作業風景をオンラインでいつでも覗けるように公開して、研修や勉強会も始めました。AIの技術はあくまで道具です。使う人のことを考えなければ、本当に役立つものは作れないと思っています。

── 会社としてはどんな事業を展開されているのですか。

創業から続くデータソリューションでは、紙のデジタル化やデータエントリーを手がけています。ソフトウェア開発では金融、気象、公共系など幅広い受託事業に加えて、田畑や水を管理する土地改良区の皆様に向けた自社製品、穂多瑠(ほたる)や水土里(みどり)ネット会計を提供しています。お客様とのお付き合いが長いのが特徴で、より顧客に近い立場で仕事ができる体制へのシフトを進めているところです。

提案の仕方にも、この会社らしさがあると思います。事前準備や調べられることは入念に準備しておきます。そして、お客様が本当に困った瞬間に、こうすれば大丈夫ですよと手を差し伸べるんです。お客様が自分たちで頑張りたいタイミングもありますから、現場で温度感をつぶさに見ながら押すタイミング、引くタイミングを大切に見極めています。その積み重ねが、次も頼みたいという信頼につながってきました。

── この地域との関わりを、どう考えていらっしゃいますか。

都市部の競争がいずれ飽和すれば、今よりも地域に目を向けると思っています。そのとき選ばれるのは、これから開拓し甲斐のある、こういう地域なのではないでしょうか。ここは主体性が問われる土地で、無い物ねだりでは何かを得るのは難しいかもしれませんが、農業も観光も商業も、素材は豊かにあります。弊社の創業の地で働く身として、この町にいながら、綺麗なオフィスで、テレワークも取り入れた柔軟な働き方ができるのだということを、地域内外の人たちに伝えていきたいですね。

使った時間の、半分でも成果が出ればいい

癖の強い人こそ、面白い

── どんな仲間と働きたいですか。

技術力はもちろんですが、私たちが作るのはお客様のビジネスを助ける道具であり、その先のエンドユーザーの役に立ってこそ、という視野を持った人が来てくれたら嬉しいです。それと、うちの事業所は個性的な人が多いので、癖が強い人のほうが、意外と合うかもしれませんね。面白おかしく働く人もいますし、ものづくりに没頭する人もいます。にぎやかな空気が好きな人も、静かに集中したい人も、それぞれのやり方で働ける場所だと思います。

── 若手の育成では、何を大切にされていますか。

今はAIで効率化できるというイメージが先行して納期も短く、じっくり学ぶ時間が取りにくい時代だと感じています。だからこそ弊社では、新人には使った時間の半分でも成果が出ればいいよと伝えて、学びながら進んでもらっています。任せられる人には任せて、もう少しという人にはチームで支えていく。そういう文化が根づいています。DX認定事業者の取得も、社員の側からこういう制度がありますと声が上がって実現したものでした。ボトムアップからでも動ける会社ということは誇りの一つでもあります。

クレーンゲームにも、技術がある

職業病は、休日にも

── オフの日は、どのように過ごされていますか。

のんびりしていることが多いですね。車が好きなので、ETCやカーオーディオなどは自分で交換したりしています。あとは最近、クレーンゲームにはまっているんです。仕事が遅くなった日も、ちょっと行っちゃおうかとふらっと寄ったりします。結局あれも、技術が必要なんですよね。取れそうで取れない仕組みを考え出すと、つい夢中になってしまいます。家では子どもと一緒にゲームの実況動画を見ながら、もうちょっとこうだな、なんて職業病が出たりしています。

── 最後に、日下さんが感じるこの地域の魅力を教えてください。

この地域は空気が綺麗で、人混みがなく動きやすくて、何より食べ物が美味しいんです。都内から来た人は「豚が美味い」と言っていましたよ。ゲームの裏側が知りたかった少年は、34年経った今も、楽しみながら会社やゲーム、いろいろなことの仕組みを考え続けています。


編集後記

取材を終えて、いちばん心に残ったのは、「プロフェッショナルのあり方」です。地域特性もあるのかもしれないですが、声の大きい人が目立つ文化が多くの会社・組織では起きると考えています。しかし、日下さんを通して見えてくるNID・MI社は「多種多様だから面白い」を体現している文化のように思えました。

私がオフィスに入ると、社長も部長もお掃除の人も皆和やかで、社外の人がいる光景が日々当たり前にあるのかもしれません。それこそが多種多様な人たちが豊かに育まれていく環境なのかもしれません。

穏やかな地域で最先端の働き方をしたい――
こんな夢のような環境がここにはあるように思えました。是非、NID・MI社の門を叩いてみてください。


株式会社NID・MI
■会社概要
社名:株式会社NID・MI
所在地:佐原事業所
〒287-0041 千葉県香取市玉造3-1-5
本社/千葉事業所
〒261-0023 千葉県千葉市美浜区中瀬1-6 m BAY POINT 幕張18階
代表者:代表取締役  石井 廣
公式HP:https://www.nidmi.co.jp/
新卒採用エントリーhttps://www.nidmi.co.jp/emplo/entry/

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