東国の熱量を届ける

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インタビュー

東京で閉じた夢を、香取で開き直すまで

皆川 一弥さん

cafe&music nene オーナー 

『外の世界に出てみたい。』
少年の頃から、目線はいつも遠くへ向いていた。憧れはテレビの中のフランス料理と、隣の家から聴こえた一本のギター。高校卒業後は東京へ出て、十数年間、音楽を中心に生きてきた。その人生は、母の入院という知らせで大きく旋回する。契約寸前まで進んでいた東京の店を手放し、香取市へ。しかし諦めたはずの夢は、この街で形を変えて動き出した。ライブができるご飯屋さん、cafe&music nene。フランス料理をはじめとする手作りの欧州料理の数々と最高の音響を備えた大人の部室で、オーナーの皆川一弥さんは今日も未来の挑戦者への扉を優しく開けている。外の世界に憧れ続けた人が、なぜ地域に音楽の居場所をつくるのか。その半生に、挑戦のヒントが見えてきた。

外に憧れた少年と、一本のギター

── まずは幼少期についてお聞かせください。どんなお子さんでしたか。

生まれは香取市、旧佐原市の谷中地区なんです。子どもの頃は漫画家になりたくて、家にこもって絵ばかり描いているような子どもでした。うちは結構過保護な家庭で自由が少なくて、その反発からなのか、目線は自然と外の世界に向いていった気がします。当時テレビの料理番組で見たフランス料理に、芸術といえばフランスだよなと憧れていて。今思えばこの憧れが、めぐりめぐっていまの店のルーツになっています。

── 音楽との出会いはいつ頃だったのでしょうか。

中学生の時です。隣の家の同級生のお兄さんがギターを弾いている姿を見て、楽しそうだな、自分も弾いてみたいなと思って買ってもらったのが始まりです。当時は教室に通う人なんて周りにいませんでしたから、憧れのバンドの曲を、譜面も読めないところから全部独学で練習しました。最初は指の動きすらも大変なところから少しずつ弾けるようになっていく積み重ねが楽しくて、気付いたらその道が中心になっていました。

── 高校は成田市内の高校に進まれているんですね。なるべく遠い地域を選んだのでしょうか?

理由は3つあって、ちょうどいい学力だったこと、学ランじゃなかったこと、それから第二外国語でフランス語が選択できたことなんです。少しでも外の世界に出て、広い世界を見てみたい気持ちがとにかく強かったんですよね。高校ではテニス部とバンドに明け暮れていました。進学する同級生が多かったこともあり、音楽活動の足並みが揃わないことも多かったことを覚えています。

── 卒業後は音楽の道へ。ご家族の反応はいかがでしたか。

実は社会の先生になるか音楽の道かで、ずっと悩んでいました。歴史が好きで、教員にも憧れがあったんです。でも、どうせやるなら後悔しないことをやろうと決めて。ただ親をどうしても説得できなくて、高3の夏休みの最後に一週間家出をしたんです。ずっと行きたかった京都へ。お金もないので駅で寝たり、試食コーナーで食いつないだり。思い立ったら行動しちゃう性分なんですよね。でも、友人の家を訪ねて僕の居場所を詮索し、迷惑をかけ始めたので帰らざるを得ない状況に。帰ってきてから、それでも音楽をやると伝えて、この道が決まりました。

東京での18年と、帰らざるを得なかった日

── 上京されてからは、どんな日々でしたか。

音楽専門学校に入って、バンド活動をしながら作曲や講師の仕事をいただいたり、本当に音楽を中心にやってきた十数年でした。生活はカフェや焼肉屋、バー、フランス料理店といった飲食のアルバイトで支えていましたね。まかないでご飯が食べられますから。ただ、おかげで家でも料理をするようになって、それが結果的にいまの店の土台になっているんです。人生に無駄なことってないんだなと思いますよね。

── 転機はいつ訪れたのでしょうか。

30歳を過ぎた頃、バンドだけで食べていくのは難しいという現実に向き合うようになって、音楽は趣味にしようという覚悟が決まりました。そのため、音楽ができるご飯屋さんを東京で開こうと準備を始めました。物件も見つけて、内見も済ませて、契約寸前まで進んでいたんですよ。ちょうどそのタイミングで、母が倒れて入院したという連絡が来たんです。

── 大きな決断を迫られたのですね。

僕は一人っ子で、父も早くに亡くなっていますから、母の面倒を見られるのは自分しかいないんですよね。正直なところ、後ろ髪を引かれる思いはありました。あそこまで進んでいた店を手放すわけですから。それでも、帰らざるを得ない。そういう決断でした。都内物件を探し回り、契約手続きで奔走し、という日々が続いていたので帰ることが決まって正直この道は一度諦めました。

── それでも、この香取でお店を開かれたのですね。

帰ってきて、一度は就職したんです。面接の時に、物件が見つかったら店をやるかもしれませんと正直に伝えたんですけど、それでも受け入れてくれた会社には本当に感謝しています。ただ、働きながら痛感したのが、この地域には音楽をやれる場所がほとんどないということでした。寂しかったんですよね。でも「待てよ」と、同じ思いをしている仲間が絶対にいるはずだ、だったら自分で居場所をつくってしまおうと。一度諦めたはずの店の構想が、この街でもう一度動き出したんです。

── 開業までの道のりはいかがでしたか。

見つけた物件は長く空いていた場所で、中はなかなか大変な状態でした。お金もそんなにありませんから、やれることは自分でやろうと決めて、同級生の職人の友人に教えてもらいながら、壁も床もほぼ作り直しました。彼は忙しい仕事の合間を縫って夜に来てくれて、図面まで引いてくれた恩人です。創業融資を受けて、収入のない状態からのスタートでしたけど、支えてくれる人たちがいたからこそ形になった店だと思っています。

ライブができるご飯屋さんから、
ストリートに音楽が流れる街へ

── 改めて、cafe&music neneはどんなお店ですか。

コンセプトは『ライブができるご飯屋さん』です。イメージは大人の部室が一番近いかもしれません。バンドをやっていた頃、ライブが終わった後の打ち上げが本当に楽しかったんですよ。ご飯を食べて、お酒を飲んで、音楽の話をする。大人になっても、あの時間を過ごせる場所をつくりたかったんです。

── お料理へのこだわりを教えてください。

料理はなるべくすべて手作りにしています。ソーセージは腸詰めからやりますし、ケチャップも手作りです。ベースはフランス料理なんですけど、たとえばロールキャベツって、実はシューファルシというフランス料理なんですよ。みんなが知らないフランス料理を、身近で食べやすい形でお出ししています。他では食べられないものがかなり多い店だと思います。

── 音響にも強いこだわりをお持ちだと伺いました。

ずっと音楽をやってきた分、音は本当に大事だと思っているんです。長年の現場経験がありますから、ステージに出てくれる人には最高の音を出せる環境をつくりたい。毎週月曜日はステージを開放していて、演奏するのも、歌うのも、見て参加するのも自由です。楽器を辞めるきっかけって、人生に何度もあるんですよね。就職した、結婚した、忙しくなった。でも、落ち着いたタイミングでもう一度始められる場所さえあれば、音楽は死ぬまでできる趣味なんです。マイナスに働くことがひとつもない。好きな音楽が共通しているだけで、人ってつながれるんですよ。

── 地域における音楽文化については、どうお考えですか。

この地域にはお祭りの素晴らしい文化があります。お囃子の音色に人が集まるのはとてもいいことだと思いますし、演歌でもカラオケでも、どんな音楽でもいいから、楽しむ人が増えることが一番大事だと思っています。そのうえで、外のいいものも取り入れていけたら、この街はもっと面白くなるはずだと感じています。

── 今、大きな構想をお持ちだそうですね。

ストリート音楽祭をやりたいんです。これは頭の中だけの話ではなくて、各所にも相談しながら、実際に少しずつ動き始めています。川沿いとその周辺で、DJでも弾き語りでもバンドでも吹奏楽でも何でもいいので、すぐ近くに音楽がある日をつくりたいんですよ。立派なステージなんていらないんです。街を歩けば音楽が鳴っていて、音楽って楽しいよねと感じるきっかけがあちこちにある。そんな一日を、この街の人たちと一緒につくれたらと思っています。

9割は辞めていい——挑戦に寛容な場所

── 素敵な構想に向けて、今足りていないことがありますか?

一番はやっぱり集客です。音楽ができる店という認知はしていただけるんですけど、音楽をやっていない方からすると、ちょっと入りづらいじゃないですか。それにこのあたりは車社会なので、都会のように移動中にお店を調べるという習慣があまりないんですよね。何屋さんで、何が美味しいのか。そこをもっと知っていただく工夫が必要だなと感じています。

── 音楽を始めてみたい、という方も歓迎されるのでしょうか。

もちろん大歓迎です。正直に言うと、ギターを買っても9割の方は1年以内に辞めるんですよ。データでも出ているんです。でも僕は、それでいいと思っていて。辞めて当然、続いたらすごいね、くらいでちょうどいいんです。責めることは絶対にありません。挑戦のハードルなんて、低ければ低いほどいいんですから。むしろ、バンドが組めずに一人でくすぶっている人ほど来てほしいんです。僕自身がそうやって育ちましたから。はじめて音楽に触れてみたい、という人ももちろん大歓迎です。

── 異国の食も挑戦の入口になる、と。

そうなんです。食べたことのないロールキャベツを試してみる。これも立派な挑戦なんですよ。しかも上りやすい階段です。新しいものをひとつ食べられたら、次はまた別の新しいことを始めたくなる。挑戦することって、生きることにつながっていると思うんです。

── 音楽イベントや開かれた場の構想に向けて、どんな仲間を探していますか?

ここで一緒に挑戦させてください、なんて人が現れたら最高ですね。例えば、自分のお店を将来的に持ちたいと思っていて、まずはキッチンカーで挑戦してみたいという人がいたら嬉しいですね。昼間の時間を活用して、この場所で一緒に何かやってみたいという人も歓迎です。いきなりそこまでじゃなくても、まずはご飯を食べに来てくれるだけで十分です。お客さんから、ここのおかげで仲間ができたよ、楽しく生活できているよと言っていただくことがあって、それが何よりの励みなんですよね。だからこの場所は絶対に潰せない。一緒に育ててくれる同志を、いつでも待っています。

火曜日の楽しみと、再会したバンド仲間

── お休みの日は、どのように過ごされていますか。

友人や知人のお店に食べに行くことが多いです。近くに牛若丸という鉄板焼き屋さんがあるんですけど、店主が東京時代に知っているバンドのベーシストだったんですよ。帰ってきてから偶然出会いまして、「もしかして…そうですよね⁉」となり、本当に驚きました。いまは趣味のバンドも一緒にやっています。こういう出会いがあるのも、この街の距離の近さならではですよね。

── リフレッシュの方法はありますか。

犬を飼っているので、道の駅の土手を散歩するのがいい気分転換になっています。自分の予定はインターネット上に全公開してるくらいオンオフの境目がないですが、ゆっくり過ごしながら美味しいものを食べるのは本当に好きです。最近は佐原のスリランカカレーも食べに行きましたよ。時間があるときは都内のレトロな喫茶店を巡ることも好きなので、「素敵なレトロ喫茶を教えてください!」とうちのお店に立ち寄ってくれても嬉しいです。

(編集後記)

「ライブができるご飯屋さん」以上の意味を持つご飯屋さんがcfe&mucis nene。取材だけでなく裏側でのやりとりをさせていただく中で常に感じていた思いです。それは挑戦を許してくれるからなのでしょうか。それよりももっと”外を知り、内を知り、内を抱擁する”包容力と愛情を皆川さん自身が持ち合わせているからだと考えるようになりました。香取市広域のマルシェで出会う出店で食べられる「ソーセージ」は皆川さんがこれから作っていく開かれた未来の一部のはず。その優しく香ばしい未来を皆川さんと開いていきませんか?

その扉は常に皆様に開かれています。cafe&music nene。是非一歩踏み入れてください。


店舗名:cafe&music nene
所在地:
〒287-0042 千葉県香取市山之辺1341−4
公式HP:
https://cafe-and-music-nene.jimdosite.com/
公式Instagram:
https://www.instagram.com/cafeandmusic.nene/
イベント情報等はInstagramをご確認ください。

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