茨城県神栖市・鹿島エリアを中心に、ビルメンテナンス事業『Prostyle株式会社』と飲食店街『神栖横丁』を展開する飯田栄さん。現場叩き上げの技術力と人情味あふれるリーダーシップで事業を拡大し、近年はAI技術を活用した鳥害対策や、観光客と地元を繋ぐ場作りなど、多様な挑戦を続けている。地域に人と賑わいを呼び込み、「ワクワク」を循環させようとする熱き経営者の歩みと未来へのビジョンに迫る。

自由で温かい恩師との出会いと、
現場で磨かれた「独立への原動力」
――幼少期や学生時代の原体験について教えてください。どんなお子さんだったのでしょうか?
飯田 栄さん(以下、敬称略)
生まれは北九州の小倉ですが、父が新日鐵住金(現:日本製鉄株式会社)に勤めていた関係で、生後2~3か月で茨城県の神栖・鹿島エリアに移ってきました。当時は社宅の住人が「よそ者」と見られる雰囲気も少しありましたが、私自身は何不自由なく伸び伸びと育ちました。
特に大きな影響を受けたのは、小見川中央小学校の5、6年生の時の担任、老藤先生です。教室のストーブの上に桶を置いてお湯を沸かし、みんなで買ってきた肉まんを蒸かして10時頃に食べたり、サッカーがやりたい僕らのために、給食の時間帯を早めにしてグラウンドの場所取りに行かせてくれたりする、すごく自由で面白い先生でした。学校に通うのが本当に楽しかったですし、あの先生の「楽しくやる」感覚や良い塩梅の自由さは、今の私の根底にあるのかもしれません。中学では「楽そうだから」と卓球部に入りましたが、顧問が変わって急に厳しくなり、それもまた一生懸命のめり込んで楽しんでいました。
――その後、高校を卒業して社会に出られたわけですが、ビルメンテナンス業界に入られたきっかけは何だったのですか?
バブルがはじけた頃で、進学校ではなかった小見川高校の仲間は就職一択でした。「早くお金を稼いで遊びたい」という一心でしたね。高校時代に独自のコンビニ風酒屋で2~3年アルバイトをしていたのですが、そこの社長が「清掃会社をやるから来ないか?」と声をかけてもらったのがきっかけです。「今の仕事より給料が良い」という単純な理由で飛び込みましたが、あの出会いがなければ今の自分はありません。
その後、10年ほど、その会社に勤めました。仕事自体は営業から現場管理まで全てこなしていて、お客様からも頼りにされていました。しかし、10年後、40歳になった自分の姿を想像した時、「今と同じようにポリッシャーを回しているだけなのはつまらない。自分の人生、これで終わったらもったいない」と強く感じていました。元々、高校の文化祭実行委員を毎年務めるくらい企画やイベントが好きだったのもかるかもしれないです。
「もっと自分の力を試したい、新しい挑戦がしたい」という想いが抑えきれなくなり、32歳で独立し、現在の『Prostyle株式会社』を設立しました。
――独立当初は大変な苦労もあったのではないでしょうか?
そうですね。独立直後は前の会社を辞めていた仲間を誘い、2人で下請け作業からスタートしました。最初は前社から仕事を回してもらっていましたが、「もっと自社のお客様を広げたい」と思い、1年ほどで前社からの仕事を全てお返ししました。その結果、仕事がゼロになり「やばいな」と焦りました。
しかし、日頃から懇意にしていた資材屋の社長が「飯田さんの床のドライメンテナンスの技術力があれば」とお客様を次々と紹介してもらいました。技術力を売りにするため、アメリカ製の大型剥離マシンも購入して現場をバリバリ磨き上げました。昼夜問わず働き、車や事務所で2~3時間寝て次の現場へ向かうという環境でしたが、仲間と一緒に汗を流し、終わったら『すき家』の特盛の牛丼を2つ食べるような時間が本当に楽しかったです。

圧倒的な「技術力」と「AIの挑戦」、
そして人が行き交う『神栖横丁』の誕生
――ビルメンテナンス事業において、他社との差別化や現在の新たな取り組みについて教えてください。
ビルメンテナンス業界は個人事業主から大手まで裾野が非常に広い業界ですが、中堅~大手の会社ほど実は現場の特殊技術を持っていないことが多いです。そこで弊社は「技術力」を第一の売りにしました。床のポリッシャーやドライメンテナンスはもちろん、近年注力しているのが「鳥害対策(鳩対策)工事」です。
AIカメラを活用した鳥害対策の開発を進めています。鳥害対策の市場規模は100億~300億円と言われていますが、大手がスケールメリットを出しにくいため参入してこない領域です。ここにフィジカルAI技術を投入し、予防から施工まで一気通貫で提供できれば、業界のトップに立てる勝算があります。私自身、今AIプログラミングにのめり込んでいて、自社用の出退勤アプリやシフト作成、給与連携システムなどもAIを使って自作しています。
――清掃業やAI開発だけでなく、神栖市で『神栖横丁』をはじめとする飲食事業も展開していますね。ビルメンテナンスと飲食という一見異なる事業を結びつけた背景には、どのような想いがあったのですか?
『神栖横丁』(施設内に自社店舗含む4店舗を展開)のほか、鹿島の『焼きたて屋』、芋菓子屋の『さわら十三里屋』などを運営しています。鹿島アントラーズとも協業しています。
なぜ「横丁」を作ったかというと、一番の目的は「地域活性化」と「人が集まり、出会える場作り」です。神栖という街は企業城下町として発展してきた歴史があり、全国から人の入れ替わりが多い地域です。そのため歴史的な「地元の名物料理」といったものは少ないのですが、『神栖横丁』には出張客や観光客が毎夜たくさん訪れています。地元の居酒屋と客を取り合うのではなく、市外・県外から訪れた方が「面白そうな場所があるぞ」と集まってハシゴ酒を楽しんでくれる、完全な住み分けができています。
――横丁という空間だからこそ生まれる価値とは何でしょうか?
単なるナンパスポットではなく、「粋な出会いの場」であることです。遠方から仕事や観光、サーフィン等で訪れたお客様同士が偶然隣り合わせになり、「どこから来たの?」「あっちのお店も美味しいよ」と会話が弾み、仲良くなって「また神栖に来るね」と言って帰っていく。実際、最近では「神栖横丁を目的に宿泊しに来ました」というお客様も増えています。
隣町のお祭りや工場の夜景ツアーなど、この地域には素晴らしい観光資源がたくさんあります。そうした地域資源と横丁を組み合わせることで、この街全体に人と賑わいを呼び込むハブ(拠点)にしたいと考えています。
行政や広域ネットワークを巻き込み、
子どもたちが誇れる「賑わいあふれる街」を創る
――神栖市や周辺の鹿行・東総エリア、さらには香取市(佐原)など広域での地域活性化に取り組まれていますが、飯田さんが描く未来の街の姿を教えてください。
私は青年会議所の活動を通じて地域活性化イベントを数多く手掛けてきましたが、原点にあるのは「子どもたちの喜ぶ笑顔を見ること」です。自分が企画したイベントで地域が盛り上がり、子どもたちの笑顔が見られれば、それが自分自身の最高の「自己満足」であり人生のミッションだと感じています。
例えば、隣の佐原は歴史ある素晴らしい街並みがありますが、夜に楽しむ場所や観光インフラがまだ十分ではありません。古い街並みをライトアップしたり、夜でも美味しくお酒が飲める場を作れば、もっと観光客が増えます。また、『水郷おみがわ花火大会』でも、VIP席を設けて送迎付きで上質な観覧体験を提供するなど、アイデア次第で地域に資金が落ちる仕組みは作れます。
――そうした構想を形にしていくために、どのようなアプローチを考えていますか?
単に文句や愚痴を言うのではなく、自分たちが立ち上がり、行政や政治、地域の経営者を巻き込んでいくことが不可欠です。幸いなことに、私には茨城県議や市議、周辺自治体の首長など、熱意を持ったパイプがあります。また、首都圏企業の「健康経営」と連動させたウォーキング企画など、経産省や観光庁の事業と接続した新たな地域プロモーションも進めています。
これからは「堅苦しい勉強会」ではなく、地域の経営者や志のある人たちが集まって「今AIでこんなことやってるんだけど」「それ面白そうだね!」と自由に知見を交換し合えるような、オープンな雑談会・交流会をどんどん企画していきたいです。過去に『キングコング』の西野亮廣さんを『神栖横丁』にお招きして経営者交流会を2回開催しましたが、刺激を受け合い、新しい挑戦が次々と生まれる街にしていきたいです。
「他人に依存せず、助け合える組織へ」
文句を言うより自ら輝き、挑戦を楽しむ仲間に来てほしい
――『Prostyle株式会社』や『神栖横丁』での事業を通じて、一緒に働きたいと思う人物像や、組織作りで大切にしている理念について教えてください。
一番大切にしているのは「仲間のことを裏切らないこと」と「和を重んじること」です。仕事の技術が未熟だったり覚えが遅かったりするのは、現場で一生懸命教えれば上達します。しかし、感謝の気持ちを持てなかったりする態度は、私の常識ではあり得ません。お互いにリスペクトを持ち、同じ空間で笑顔で酒を酌み交わせるような信頼関係があってこそ、仕事でも一歩踏み込んだ良いチームワークが生まれると思っています。
――採用や人材育成において、どのようなメッセージを伝えたいですか。
「環境や現状に文句を言っても何も解決しない」ということです。愚痴を言う前に、与えられた環境の中で自分自身がどう輝けるか、どう結果を出せるかを追い求められる人になってほしい。他人に依存するのではなく、自立しながらお互いに助け合い、自分の強みを最大限に発揮できる組織を目指しています。
また、私は社員の「独立」も大歓迎です。実際にこれまで弊社から4~5人が独立して立派に活躍しています。独立心を持って「自分の力でやってやる」という想いがある人は、仕事も面白いし伸びると思っています。『神栖横丁』の店舗も、「独立して自分でやりたい」という人がいれば譲ってもいいくらいの気持ちでいます。
――これから挑戦したいと考えている方へメッセージをお願いします。
「失敗を恐れずに挑戦し続けてほしい」です。
『ユニクロ』を展開する柳井正さんだって過去に野菜販売事業で失敗していますし、挑戦すれば失敗はつきものです。でも、失敗を恐れて立ち止まっているのはつまらない。1回怒られたら2回目は同じ間違いをしないように学べばいいんです。私自身も50代になってもAI技術や新事業への挑戦をやめません。一緒にワクワクを形にし、挑戦を楽しめる方からの応募を楽しみにしています。
常連客がお店作りに参加する「心地よい居場所」
理想の横丁像とリフレッシュ法
――プライベートでの過ごし方や、リフレッシュできるお気に入りの場所・時間について教えてください。
実は以前はあまりお酒が飲めない体質だったのですが、『神栖横丁』を始めてから楽しく飲めるようになってきました。最近はお酒を飲むのも仕事の打ち合わせも、結局は『神栖横丁』ばかりです(笑)。
ただ、一つ強烈にインスピレーションを受けたお気に入りのお店があります。以前、お客様に連れて行っていただいた成田市にあるカラオケバーです。高齢のマスターが一人で切り盛りしているのですが、マスターが「酒持って行ってくれ」と頼むと常連客が自然と手伝い、カラオケが始まると店にあるドラムやギターを常連さんが勝手に生演奏し始めるんです。帰り際には、みんなでハイタッチをして「イェーイ!」と送り出してくれる。20分ほどしかいられませんでしたが、「これだ!こういう店を作りたい!」と感動しました。
――お客様がお客さんとしてだけでなく、お店作りや空間に「参加」しているのですね。
そうなんです! 人って、そのお店に「自分が参加している感覚」や「役に立っている感覚」を持つと、すごく心地良くなるんですよね。「ママ、任せときな!」なんて常連マウントを取れるのも含めて、愛着が湧く空間になります。最後にお店から「ありがとうね」とビールを一杯ごちそうされるような温かい関係が生まれます。
『神栖横丁』でも、そんな風にお客様同士やお店のスタッフが一体となって居場所を作れる仕掛けをどんどん作っていきたいです。将来的には横丁の2階半分を昭和レトロなカラオケスナックにして、元気に歌い盛り上げる場にしたいなとも目論んでいます(笑)。誰にとっても「ここにいると安心できる、気持ちよく過ごせる」という心地よい居場所を、これからもこの街に増やしていきたいです。
飯田栄氏について

Prostyle株式会社 代表取締役。
福岡県北九州市(小倉)生まれ、茨城県神栖・鹿島エリア育ち。千葉県立小見川高等学校を卒業後、アルバイト先の社長の誘いで清掃会社へ入社。約10年間、営業や現場管理を通じ技術と顧客からの信頼を磨き、32歳で独立。ビルメンテナンス事業『Prostyle株式会社』を設立する。 他社が追随できない高度な床面メンテナンス技術を武器に事業を拡大し、近年はAIカメラを活用した鳥害対策工事という新領域を自社開発で開拓中。
さらに「人が集まり、出会える粋な場作り」を掲げ、飲食店街『神栖横丁』や『さわら十三里屋』などを展開。
行政や地元経営者を巻き込んだ広域ネットワークを構築し、子どもたちが誇れる「賑わいあふれる街」の創出に情熱を注ぐ地域活性化のキーマン。
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